我々、日本人の祖先は、いつごろからお墓を作り始めたのでしょう。お墓を、死者を埋葬する場所と考えるならば、墓標の有無を問わなければ、一万年以上も昔に、さかのぼらねばなりません。

お墓の古くは貝塚に見られますが、この貝塚は縄文前期、紀元前七五〇〇年頃から見られるようになり、貝塚や動物の骨に混じって人骨が発見されたことからです。一般 には、浅い穴に遺体を置いて土をかぶせ、あるいは天然の洞穴に入れたり、遺体を玉 石などでおおい、塚を築いたりしたと考えられます。縄文末期から、弥生時代にかけては、一つのあらわれとして、巨石古墳の出現が見られ、時代が進むにつれ、支配者の権力を誇示する表れとして、大がかりなものにになってきました。

一方、一般民衆の間では、共同の埋葬地に「土まんじゅう」と言われる土葬の上に、石や木の杭を立てて示したにすぎないと、考えられていました。石材を加工するぎじが確立されたのは、平安時代に入ってからと思われますが、一部の特殊階級の間で石碑を建てて、階級と氏名を刻んでおくことからはじまりました。その形態や意義を整えながら、現在に至ったのです。

今日では、立方体の石柱墓標が主流になってますが、中世や近世では、仏塔から発生したと思われる五輪塔が、お墓の基本的な形でありました。五輪塔とは仏教用語で、宇宙のすべてを形成する五大元素「空、風、火、水、地」をさしています。「この世に生を受けた人が、人生をまっとうして死去すると、肉体は五大に還元し、魂は仏の浄土に行く」という教えにたてば、五輪塔ほど仏教の流れにぴったりしたものはないと、思われます。 石塔の様式には、それぞれの宗教的意味との成立の歴史があり、さらに建立者の好みや、主張、経済的な理由によって、さまざまなお墓が私達のまわりに建っています。現在では、祖先の霊をうやまい、生きている人の幸せを願う墓として、私達の暮らしの中に存在するものです。

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